イメチェンに成功した街 兵庫県尼崎市
レビュワーの皆さん 閲覧ありがとうございます。
周作(twitter:DarvishShu)です。
今回は、とある街が知恵とチャレンジで再生していった事例を皆さんにお伝えしたいと思います。
我が故郷はずいぶん過疎化が進み、このままだと少子高齢化がもっと進む流れになるであろうと言われていますが、そこは知恵とアクションで乗り切っていかにゃなりません。
一住民としてこれからもここで暮らしていくなら街に責任を持った行動をとっていきます。
………では今回の再生~成功例の紹介にいきます。
工場雇現場の街というイメージを払拭するために
舞台は兵庫県の 尼崎市。
兵庫県で有名な観光名所・有馬温泉から南東の方角にある、今はすっかりお洒落な街です。
この尼崎市、今はどんな言われ方をしているか知ってますか?
「菓子ブランドの街」です。
言われるだけあって、日本中のお菓子ブランドの工場の40%は尼崎市に集中しているという事。
知ってましたか?
40%は凄いですよね。
スイーツが好きな方にはたまらないスポットだと思います。
…しかし、その昔(おそらく10~30年前くらいだと思われます)尼崎市は大阪からやや西はずれの工業&製造地帯と工業団地が並んだ雇現場の街だったのです。
こういう街を「ブルーカラーの街」と言うそうです。
そして、そんな工場地帯に出来る店は、居酒屋やバー、競馬のサテライトやパチンコなどおっちゃん達の憩いの場みたいな施設ばかりでした。
当然町全体のイメージもよくなかったですし、何より観光といえる場所が無かったので、女性や子供がいつの間にかよりつかない町になってしまってました。
これでは華やかさや癒しが無い…
例えば奈良や京都などに観光を楽しみに来た人も、尼崎はスルーして神戸のホテルで泊まるという感じ。
JRの駅はあっても観光客にスルーされる街だったわけです。
大阪にこんな近いのに人が安息を求めてきてくれるような場所が無い…イメージが悪い。
こんな状況を打開しようと街再生プロジェクトが動き出したわけです。
製造業の街から現代のニーズにあったジャンルを特化させるという案
街から少し離れているだけなので、目をひきつけるものがあればすぐに人は集まります。そして街も活性化します。
そのためには、中年男性向けの店は廃止!なんて今あるお店に対して規制をかけても逆に反発を招きます。
そこで考えたのが、その「製造業の街」から現代のニーズにあったジャンルを特化させて表へ出すというもの。
尼崎には以前から製造関係でケーキなどのお菓子作り工場もゴロゴロあったのです。
スイーツは女性や子どもも飛びつきます。ファンは多いです。
そこで工場直送でスイーツのお店を駅周辺に設置して、「尼崎スイーツ食べ歩きマップ」やスタンプラリーを敢行したところ、尼崎を楽しもうとたくさんのお客さんがやってきてくれたのです。
イメージから一気に変わった町
尼崎駅を素通りするのではなく、降りて、そこでいろんなものを買って食べて楽しんで帰ってくれるようになってきたのです。
尼崎市はそれだけではとどまらず、この機を活かすべく全国にスイーツの駅というイメージを植え付けていったのです。
そして今まで尼崎に駅が無かった市電をこの街にも止まるように(阪神と阪急鉄道だったと思う…)話をつけて通しました。
これでJRやバスだけでなく、いろんなルートで尼崎市に立ち寄れるようになります。
商店街などもお洒落なスイーツカラーに一新して、お客を呼び込みました。
余談ですが、今全国のデパ地下などにあるお店のケーキ屋さんでケーキを作っている職人さんは、ほぼ尼崎で修業をして出てきたパテシェさんだそうです。
聞いた話とはいえ、地域おこしを研究されている方の話なので事実だそうです。
それくらいお菓子作りの職人さんが集っていた兵庫県・尼崎市。
ただ、製造業というジャンルに留まってしまっていてそこから強みを活かしていかなかった。
そこを引き出すことで、全国でも知られるくらいの観光地になったのです。
ネットで「尼崎市、スイーツ」で検索したら、色々と観光のページが見れると思います。
製造業主体の街というイメージからずいぶん明るい街になった尼崎が、これから地域の皆さんと一緒にどんなに変わっていくか楽しみです。
野球観戦が好きな僕も年に2~3回は甲子園に見に行くのですが、帰りは足を止めて尼崎市に遊びに行ってみようかなと感じました。
そんな変貌を遂げた尼崎市の軌跡…調べてみたら面白いですよ。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
コメントを残す