「死にたい」と思っている人へ。よく考えて欲しい事がある


レビュワーの皆さん 閲覧ありがとうございます。

周作twitter:DarvishShu)です。


昔、僕はよく「もう死にたい」「生きていてもしょうがない」という、“ちょい病み系”の人とやたらと出会うことが多かったです。

しかも、海外留学してた時にもそういう人(日本人)に出くわす始末。

自分はそういう人を無意識にひきつけてるんだろうかと思ったもんです。

そして、そういう人になんかメッセージを贈れないかと感じていました。

特に現代は、仕事や学校で立ち回れず鬱問題が目立っていて、自殺率も殆ど改善されていません。

実は、データで見ると若い世代の自殺率が減っているのですが、それは今の生活水準が下がってきたという別の要因があるので、根本的に解決しているわけではないと見ています。

今、「死にたい」と思っている全ての人へ

今、土佐和紙とか伝統工芸の起源を調べてたのがきっかけで、歴史の勉強をしています。

すると、悪者も含めて実に多くの人が関わってきて今があるということに改めて気づきました。

よく「全ての出来事は無駄じゃない」なんて言われますが、あれの意味がちょっと分かった気がします。

戦国時代なんかは特に分かりやすくて、各地区の武将達の誰かが欠けていたら大きく戦況が変わっていたかも…というケースが多々ありますよね。

事柄をよ~く見ていくと、いろんな出会いやら協力があって形作られていくのが歴史なわけです。

ちなみに学校の歴史の授業ではこんなの気づけません。

これは当たり前の事ですが、実に奥深いのです。

そして、そんな歴史の上に僕らが生きています。

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いろんな苦難の上で僕らの祖先は必死で生きて、命のバトン(DNA)を繋いできたわけです。

その祖先たちの中で誰か一人でも欠けてしまうと、今の自分は無いわけです。

それを本当に分かっているのなら、やっぱり人生に本気で向き合わないと、先祖に失礼だし、自分ために犠牲(食料)になった生き物達にも申し訳がたたないと思うんですがどうですか?。

どういう理由であれ、今まであなた以外の人達が苦労して積み重ねてきたものを無駄にすることになります。

そういうのが感覚でもいいので少しでも感じてもらえたらということで書いてみました。


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死ぬ勇気があるのなら何でも出来ます


それでも「死にたい!」って言うのなら、もう死ぬのはかまわんと思います。


あなたの人生なんですから、これ以上の介入はすべきでないと感じます。


でも「(きちんと最後まで)生きてこなかった」というのは自分の中でごまかしようがないわけで、死んでから出会うであろう祖先達に顔向けできないと思うのです。


だから倫理的に考えて、祖先たちと同じ場所(天国?)に行けないと思うわけです。


だって仮に行けたとしても、顔出しづらいし居づらいでしょう?

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「俺!ちゃんと生ききったぞー!」なんて感じで会いに行くと、祖先の皆さんが酒でも注ぎながら迎え入れてくれると思うのですが…

…そう考えると死んだ後のことをもっと考えてみてほしいのです。

肉体は無くても意識は残るわけなんだから。

「宗教」とかじゃなく、あなた自身の事として考えて欲しいのです。

ガンになってからはじめて生き方を見つめなおす人もいる


カメラマンの仕事をしていた時、ガン患者さんの取材をさせていただいた事があります。

ガンになって一時は絶望感でいっぱいになったけど、おかげで生き方を見つめ直す事が出来た、ガンになって良かった!という方もいたりして、本当に良かったと思ったものです。

参考になる映像をUPしていますので、こちらはお時間構わなければご覧下さい。

ガン患者さんがホノルルマラソンを完走されるドキュメントです。中にはガンを克服して元気に人生を謳歌している方もいます。


生きてることの素晴らしさを実感してメッセンジャー(伝える人)になった方も沢山います。

人生は二度死にます!


これは、僕の師匠からの受け売りですが、大事な事だと思うのでシェアさせていただきます。

「人生に死は二度訪れる」ということ。

一回目の死は、自分のこの世での人生が終わるという事。

そして二回目の死は、自分の存在が世間から忘れられるという事です。

そういう意味で考えると、昔の偉人「坂本龍馬」や「徳川家康」などはまだ僕達の中で生き続けていますよね。

この二回目の死というのが短い人は寂しくないですか?

死んですぐに皆に忘れられるような生き方じゃなく、「あの人は生前□□をして皆に大変喜ばれていた」という風にいつまでも覚えてもらえるような生き方をした方が人生が豊かになると思うのですが、どうでしょう?

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大企業の社長さんなんかが会社にいるうちに死んでしまったら、会社規模で大規模な葬式挙げるのに、定年などでその会社を退職してから亡くなった時、ほんの数人しか葬儀に来てくれないような人……今そんな葬式実に多いそうです。

肩書きが無くなった途端に一気に寂しい人生になる人がいます。そんな人は二度目の死も早いでしょう。

「どう生きるか」を考えだしたら、もう死んでる場合なんかじゃない


どうせなら、死んでも皆の心の中に生き続けるような人生をおくりたいと思いませんか?

そのためには、今死にたいなんて考えてる場合じゃないです。

自分にとって大切な人からでいいです…

感謝の気持ちを持つことからはじめてみませんか?



大体「死にたい」と思っている人の共通点として、何かに感謝する気持ちが圧倒的に欠けています。

自分に意識が向きすぎているんです。

その意識を少しずつでいいから相手へ向けることで、相手の中のあなたが生きていきますよ。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

▼「働く」っていう事も今回の意識と似ています。あわせてどうぞ。

「もう働きたくない!」という方、ちょいと聞いて欲しいことがあります

2016.04.11


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