感想『マイライフ』人は、失うと分かって初めて気づくことがある

生きることを侮らないで

この度は、閲覧いただきありがとうございます。

周作(x:darvishshusaku)です。

知人の勧めで見ることになった映画『My Life』

正直に言うと、私はこの作品の存在を知りませんでした。

1994年に公開された映画なので、もう30年以上も前の作品です。

それだけに、見終わった直後にまず思ったのは、

「こんな映画があったのか~もっと早く見ておけばよかった」という思い。

めちゃくちゃ良かった。そして、ただ「感動した」で終わらせてしまうのは、なんだかもったいない。

そこで今回は、レビュー記事を書くことで、この映画から感じたものを自分の中にも刻み込んでおこうと思います。

これから見る方のために、物語の核心部分にはできるだけ配慮しながら書いていきます。

『マイ・ライフ』は、ジャンルとしてはヒューマンドラマに分類される作品です。

しかし、私がこの映画から受け取ったものは、単純な「家族愛の感動物語」という言葉だけでは表現できませんでした。

ヒューマンドラマという位置づけですが、そんなことよりももっと深く、命の尊さを感じさせます。生きることを侮らないで……そんなメッセージが聞こえてきました。

是非レビューにお付き合いいただければ幸いです。特に40代以降の男性には、一度見てほしい作品です。

もしかすると、自分自身の人生と重ね合わせてしまう人も少なくないのではないでしょうか。





「死」を宣告された男が始めたこと

主人公は、仕事を持ち、家庭を持ち、これから生まれてくる子どもを待っている、ごく普通の男性です。

ところが、ある日突然、医者からガンを宣告されます。

しかも、残された時間は決して長くない。

それまで当たり前だと思っていた「これから」が、一気に崩れてしまいます。

自分はまだ若い……これから仕事をして、妻と暮らして、子どもが生まれて、家族でいろいろな思い出を作っていく。

そんな未来が当然のように続いていくと思っていた。

ところが、その「当たり前」が突然なくなってしまう。

これは恐ろしいことです。

死の宣告を受けて、恐怖と無縁でいられる人なんて、ほとんどいないでしょう。

主人公も当然、恐怖を抱えます。だからといって、そこで立ち止まるわけではありません。

「自分がいなくなったあと、家族に何を残せるのか」

「生まれてくる子どもに何を伝えられるのか」

主人公は、残された時間の中で、自分にできることを探し始めます。

その一つが、まだ幼い我が子に向けたビデオメッセージ。

自分が成長を見届けることができないかもしれない。それならば、せめて自分の言葉を残そう。父親として、子どもに伝えたいことを映像に残していく。

この行動が、とても印象に残りました。

しかし、そこに残されているのは単なる映像ではありません。

「自分がいなくなったあとにも、子どもに何かを伝えたい」という父親の思いそのものです。

そう考えると、一つ一つの言葉がとても重く感じられます。

全ての瞬間に価値がある

この映画を見ていて、何度も考えさせられたことがあります。

それは、「本当に大切なものほど、普段はその価値に気づきにくい」ということです。

家族がいる。妻がいる。両親がいる。明日も仕事がある。来週もある。来月もある。来年もある。

そんなふうに考えていると、今日という一日が特別なものだとは感じません。

「また明日でいい」

「今度伝えればいい」

「忙しいから仕方ない」

そんなふうに、いろいろなことを後回しにしてしまいます。

ところが主人公には、その「また今度」が残されていないかもしれない。

だからこそ、今まで見えていなかったものが見えてくる。

妻への感謝。子どもへの愛情。両親との関係。そして、自分自身がこれまで歩いてきた人生。

死が近づいたことで、生きている間には見えにくかった「人生の価値」が逆にはっきりしてくる。

ここが、この映画の大きな魅力だと思いました。

「人生は何になるのか」ではなく「何をやるか」

人はつい、「何者になるのか」を考えてしまいます。

どんな仕事に就くのか。

どれくらい成功するのか。

どれくらいお金を稼ぐのか。

社会からどんな評価を受けるのか。

もちろん、それらも人生の一部です。

でも、それだけが人生ではありません。

主人公が病気を宣告されたことで、それまで追いかけていたものの意味が少しずつ変わっていきます。

「自分は何者になるのか」ではなく、「残された時間で、自分は何をするのか」

という問いに変わっていく。

これは、かなり大きな違いだと思います。

そして、それはガンを宣告された人だけの話ではありません。

私たちにも同じことが言えるのではないでしょうか。

いつかは死ぬ。人間の死亡率は100%です。

これは誰にとっても変わりません。

ただ、その「いつか」がいつなのか、私たちは知らないだけです。

だからこそ、「いつかやろう」と思っていることを、本当にいつまでも先送りしていいのかと。

家族との「わだかまり」がほどけていく

特に印象に残ったのが、主人公と両親との関係です。

主人公には、幼い頃から父親との間にわだかまりがありました。

仕事を優先していた父親。

その父親に対して、子どもの頃に抱えていた寂しさや葛藤。

大人になったからといって、子どもの頃の感情がすべて消えるわけではありません。

親子だからこそ、言えないこともあります。近い関係だからこそ、素直になれないこともあります。

「もう大人なんだから、そんなこと気にするな」と言われても、心の中に残っているものは簡単には消えません。

ところが、死を前にした主人公は、これまで避けていた家族との問題にも向き合っていきます。

そして父親の側も、かつての息子の気持ちに少しずつ寄り添えるようになっていく。

そこで感じたのは、「分かり合うのに、遅すぎるということはないのかもしれない」ということでした。

もちろん、現実にはすべての親子が分かり合えるわけではありません。

簡単に関係を修復できない家庭もあります。

だから、この映画のようにすべてが美しく解決するとは限りません。

それでも……
「本当はあのとき、どう思っていたのだろう」

「自分は親に何を伝えたかったのだろう」

「親は自分に何を伝えたかったのだろう」

と考えるきっかけになる。

そこに、この作品の力があると思います。

私自身も、このあたりは自分と重ね合わせながら見ていました。

おそらく、40代、50代になってからこの映画を見ると、若い頃とは違った感覚で受け止める人も多いのではないでしょうか。

自分自身が年齢を重ね、親も年を取っていく。「いつまでも親がいる」とは限らないことを、少しずつ現実として感じ始める年代だからです。





全ての瞬間に価値がある

この映画を見て、もう一つ強く感じたことがあります。

それは、「人生に無駄な瞬間なんて、本当はないのではないか」ということ。

私たちは毎日を生きています。

朝起きて、食事をして、仕事をして、誰かと話して、家に帰って、眠る。

そんな何気ない日常です。特別な出来事なんて、そう毎日起こるものではありません。

だから、つい「今日は何もなかった」と思ってしまいます。

でも、主人公の立場になって考えると、その「何もなかった一日」こそ、実はかけがえのない時間だったのではないかと思えてきます。

家族と一緒に食事をする。

妻と会話をする。

子どもの成長を見る。

両親と話す。

仕事をする。

そんな普通の時間そのものが、人生なのです。

「人生」という大きなものを考えると、何か特別なことを成し遂げなければならないように感じます。

しかし、人生はもっと小さな時間の積み重ねです。

一日、一日。

一瞬、一瞬。

その積み重ねが、自分の「マイ・ライフ」になっていく――

そう考えると、タイトルの『マイ・ライフ』という言葉そのものが、映画を見終わった後に違って見えてきます。

「今日死ぬかのように生きる」が、なぜかできなかった

「今日死ぬかのように今を生きろ」

そんな意味の言葉を、私はこれまでにも何度か聞いたことがあります。

言っていることは分かります。

今を大切にしよう。

後悔しないように生きよう。

やりたいことを先延ばしにするな。

どれも正しいと思います。

でも、私はどうしても、その言葉を自分の生活に落とし込むことができませんでした。

「明日もある」と思ってしまう。

「また今度でいい」と思ってしまう。

目の前の仕事や生活に追われているうちに、時間だけが過ぎていく。

そんな感覚がありました。

だからこそ、この映画には強く揺さぶられました。

主人公にとっては、「いつか」が存在しないかもしれない。

だから、今日やる。今日伝える。今日会う。今日感謝する。

その姿を見ていると、

「自分はまだ『明日がある』ことに甘えているのではないか」と考えさせられます。

自分の「マイ・ライフ」を、どう生きるのか

この映画は、「死ぬこと」を描いた映画です。

しかし、私にはむしろ、どう生きるかを描いた映画に感じられました。

死を前にした主人公が、人生を諦めていく物語ではありません。むしろ逆です。

残された時間が限られていると分かったことで、主人公はそれまで以上に「生きる」ことと向き合っていきます。

妻との関係。

これから生まれてくる子ども。

両親との過去。

そして、自分自身の人生。

一つ一つと向き合うことで、主人公の中にあったものが少しずつ変化していきます。

恐怖がなくなるわけではありません。

悲しみが消えるわけでもありません。

それでも、人に感謝できるようになる。

人の気持ちを考えられるようになる。

過去のわだかまりと向き合えるようになる。

そして、自分に残された時間を大切に使おうとする。

そこに私は、人間が生きることの強さを感じます。

人生には、やり直せないこともあります。

取り戻せない時間もあります。

だからこそ、今この瞬間にできることがあります。

感謝を伝える。

会いたい人に会う。

謝りたい人に謝る。

やりたかったことを始める。

後回しにしていたことに手をつける。

それだけでも、自分の人生は少し変わるのかもしれません。

そのことを気づかせてくれました。

「マイ・ライフ」――それは、誰かの人生ではありません。

自分自身に与えられた、自分だけの人生です。

だからこそ、その人生をどう使うのかは、自分で決めたい。

この映画を見終わった今、そんなことを考えています。

30年以上前に作られた映画ですが、今見ても古さを感じませんでした。むしろ、年齢を重ねた今だからこそ、響く部分がある映画なのかもしれません。

特に40代以降。

仕事や家庭、親との関係、自分自身のこれからについて考えることが増えてくる年代の方には、一度見てほしい作品です。

映画を見終わったあと、少しだけ立ち止まって、「自分は今、自分の人生を生きているだろうか?」と考えてみてください。

私にとって『マイ・ライフ』は、「人生を大切に生きよう」と言葉で教えてくれる映画ではなく、主人公の生き方を通して、それを感じさせてくれる映画でした。

だからこそ、心に残ったのだと思います。

そして私も、自分の「マイ・ライフ」を、もう少し大切に生きてみようと思います。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。